残すのは、「形」か「思い出」か?

形ある物って、壊れちゃったり、手放したくなくても

事情により、泣く泣く手放さなければならなくなるって時があるよね。

形に残らない思いでは、心に残るが、いずれ忘れちゃったり

美化されて、何か違うな?本当にそうだったけ・・・?と。

若いうちは、自分の価値観を満たせば、満足できるんだ。

でも、歳をとると、嫌でも、いろんなもの失って

いろんなもの手放して・・・・

自分が死ぬ時、最後まで忘れず、心に残った思い出は、何だろう?

墓まで手放さずに、持っていける物は、何だろう?

そのうち、自分の愚かさに気付かされるよ・・・

何にムキになっていたんだろう?と・・・

いくら、金掛けた?

それは、残る物?残らない物?

下らなく思えてくるよ。

残さなきゃならないのは、相手にとって

自分の存在や、共有した時間、思い出の品だったり

思い出そのものなんじゃねーの?

願いが叶った、望む物を手に入れたとしても

それは一時の満足で、流石に独りじゃ

何やったって、つまんないンだよ・・・

今でも、それを思い出して、腹がたつのか?

それとも、あの時は本気でブチ切れたケド

今じゃ笑い話と、笑いあえる相手がいるのかじゃ

大違いだわな。

ある日、自分という存在が消えた時

誰の思い出の中にも残れないってのが

一番悲しいわ・・・

■コース料理に1人4万円!形の残らないものにお金を使うのは無駄? 匿名ブログで議論「自分の偏狭な価値観に閉じこもるのはよくない」

(キャリコネ - 08月19日 16:11)